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長野県松本市波田にある建築設計事務所です。 住宅や、事務所などの設計・監理業務を行っています。
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 2011年 新年明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

年末は何かと気忙しく、一年間を振り返ることが出来なかったので、
ちょっと振り返ってみようと思います。

1月 
 松本市景観シンポジウムが開催されました。
『中心市街地における環境資源の再利用』をテーマに、
建築士事務所協会まちづくり委員会の基調報告、
パネルディスカッションが行われました。

2月 
 JIA長野県クラブ・松本市美術館共同開催で
『第4回 建築祭』が開催されました。
建築祭では、渡辺明氏による文化講演会。
長野県学生卒業設計コンクールが開催されました。

3月 
 JIA(日本建築家協会)リフレッシュセミナーに参加させていただきました。
セミナーには、全国の各支部から30~50歳の若手建築家が
熱海リフレッシュセンターに3日間缶詰状態でおこなわれました。
セミナー1:天工人の山下保博氏
セミナー2:openAの馬場正尊氏
の講演を聞き、その後グループ分けをしてワークショップ。
最終日に各グループが発表して終了というスケジュールでした。
同世代の地域外の方との交流はかなり刺激的で、二日目は深夜3時まで
今回のセミナーの委員長である古谷誠章氏を中心に、
参加者10数名と酒を肴に建築やその他もろもろのことを話し合いました。

 吉村順三氏の軽井沢の山荘を見学する機会に恵まれました。
2階の居間の開口部を全て開け放ち、屋内から屋外へ連続する
一体感はこの上なく気持ちが良く、何物にも変えがたい体験をさせて
いただきました。


7月
 第4回松本安曇野住宅建築展に参加させていただきました。
テーマは『内と外』
展示会場内には今回初めて参加者全員でインスタレーションを制作しました。
開催期間中は350名もの方が来場いただきました。

8月
 北穂小屋の休憩用のデッキがリニューアルしました。
1年振りに完成の確認をさせていただくために、北穂高小屋へ行きました。
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9月
 穂高のN邸 改修工事が始まりました。
今まで区切られていた台所・居間・和室を、大きな(約30帖)部屋とし、
常念岳が正面に望める位置に大きな開口を設け、明るく広々とした部屋への
リニューアルです。薪ストーブも設置します。

10月
 レイモンドの軽井沢新スタジオを見学する機会に恵まれました。
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12月
 『プラスエナジーの家』を目指して、約1年半かけて設計をしてきました、
松本パッシブハウスが工事契約となりました。
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 カタクラモールの再開発をきっかけに始まった松本都市デザイン学習会
に参加させていただき、市民の方を交えての勉強会で、カタクラモール
周辺の明治初期から現代に至るまでの変貌を発表しました。
発表するにあたり、学習会のメンバーと色々と調べ、発表の資料を作りましたが
片倉工業が松本の発展にいかに関わってきたかを知ることができました。

 国宝『如庵』を見学することが出来ました。
毎年行われている、松本市・建築士会松筑支部 社会貢献委員会・建築士事務所協会
松筑支部 まちづくり委員会共催の先進地視察に参加しました。
今回は今松本市が取り組んでいる『歴史的風致地区』の先進地として犬山市へ行き、
その途中、国宝如庵の見学がありました。
如庵は、期間を定めて内部を公開していますが、今回はその期間とはずれて
いましたが特別に茶室内へ入ることが出来ました。
茶室に入った瞬間、想像していた空間よりも一回りも二回りも狭く小さく感じました。
しかし座ってみるとその狭さを感じない!逆に広がりさえ感じます。
開口の開け方、そこから差し込む光、絶妙なバランスで構成されている。
とても勉強になりました。
松本への帰路の途中で、中山道太田宿へ寄りました。
太田宿には北アルプスの槍ヶ岳を初登頂したと言われている、
幡隆上人のお墓がありました。

 穂高のN邸改修工事が一段落し、年始は薪ストーブで暖をとりながらすごして
いただける様になりました。
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 この一年、私にとっては充電期間だった様な気がします。
偶然にも3つの素晴らしい作品を見学する事ができ、
またJIAのリフレッシュセミナーにも参加させていただきました。
この貴重な経験をこれからの設計に活かせるよう、
日々努力していこうと思います。



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 松本市中波田では、毎年桜の花が咲く頃、夫婦堤音楽祭が開催されます。
今年は4月25日(日)でした。
音楽祭には地元の合唱団や、吹奏楽の団体が出場します。
娘が波田少年少女合唱団に入っており、今年も参加したので聴きに行きました。

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 夫婦堤は灌漑用水として江戸時代中期につくられ、
大小2つの堤があったことから、夫婦堤と呼ばれていますが、現在は一つが残っています。
あたり一帯は、古くから地域住民の憩いの場所として親しまれており、
特に春の桜は見事で、波田でも有数の花見ポイントです。
この桜は、地域の方々が丁寧に育てていらっしゃいます。
そして音楽祭も、地域の住民の方々が主体となって運営されています。
平成14年が第1回で、今年で9年めを数えます。
地域の住民のみで、ここまでの音楽祭を開催・運営できることは、とても素晴しいことで、
「まちづくり」の本質を実践で見せていただいています。
「まちづくり」と言うと、職業柄公民館などの施設を考えたりしてしまいますが、
本来は住民の方々の地域への想い・力があって、初めて「まちづくり」が成り立つと思います。


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 今年の音楽祭は天候に恵まれ、松本の東側の山を一望できました。
桜の花も丁度見ごろで、合唱団の美しい歌声を聴きながらお花見が出来ました。

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  昨日は次女の小学校入学式がありました。
以前長女の入学式に出席をしていた事と、
次女が、「一緒に入学式に来て!」
と言うので今回も夫婦そろって、出席してきました。

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 無事入学式も終わり、クラスごとの写真撮影です。
子供達が主役ですから、当然前列に。
親も一緒に写るんですが、ご夫婦で出席していらっしゃる
方が多く、用意された雛壇に納まりきらずに、
はみ出してしまいました。写真の2/3は親達です。
校長先生と、担任の先生が中央にいらっしゃいますから
まだ学級の集合写真と分かりますが・・

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私が小学生の頃は、入学式や卒業式では
滅多にお父さんはいらっしゃいませんでした。
時代が変わりました。






 私の住んでいる波田町は、平成22年3月31日に松本市へ編入合併します。
波田町は明治7年に上波多村・下波多村・三溝村の三村が
合併し波多村となり、昭和8年に『多』の文字を『田』に変えて
波田村とし、昭和48年に波田町となり現在に至ります。

 なぜ文字を変えたか?
一説には明治の合併時から旧村間で色々とイザコザが多く、
村の名前が波が多いと書くから静にならないのだ!
そこで、多⇒田に変えたというお話を聞きました。
町のホームページには「平和と水田の豊かさを希求して、
村名を変更した」と書いてあります。

明治の合併から130年続いた歴史ある波田町ですが、
あと10日で幕を閉じます。
自分の住んでいる町が無くなってしまうことは、とても寂しい気がします。

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 私は東京から波田町に移り住んで今年で15年目となりましたが、
今までじっくりと、町の風景を見る事をしていませんでした。
今度、景観サポーターで冊子を作ることとなり、その機会に恵まれました。
あまりに身近に在りすぎて、良く見ていなかったようで、
探してみると、素晴しい風景があることに気がつきました。
これを機会に、波田町探検をしてみようと思います。
今回は、町の西側。淵東(エンドウ)駅周辺の風景です。

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松本電鉄上高地線淵東駅(駅東側踏み切りより、西側を望む)
駅の南側には、田畑が広がっています。

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淵東駅より北(国道158号線へ)の道です。
左側には綺麗に積まれた石積と生垣。右側奥には美しい白壁の土蔵があります。
 その奥には、本棟造りの民家が見えています。

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淵東駅から北へ伸びる道を進んで来ると、国道158号線に突き当たります。
国道158号線へ出ると正面にある、本棟造りの民家です。





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野口大介
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男性
誕生日:
1966/05/09
職業:
建築家
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